2010年07月22日

人間は考える足である (1)

足が大事だ。
足で稼ぐ、のだ。

散歩しながら哲学するのだ。

足に脳がついて人間になった。
だから、人間は考える足である。

そもそも、哲学は何から手に付けたらいいのだろう?

近代哲学の巨人、イマニュエル・カントは次のように言っている。

「哲学を学ぶことはできない。哲学することを学びうるだけである。」

カントだって哲学を学ぶことはできないと、断言している。
でも、とにかく前に進んでいこう。

日々の暮らしの中で、ふと、疑問にかられることがある。
「最近、やたらと国家とか国益とか言うけれど、国家って何?」
ふと頭をよぎったそんな疑問は、すでに哲学の入り口といって
いいのではないか?

国家について何がしかの知識を手に入れ、自分の頭で考える。
その作業、プロセスが哲学することなのだ。

「女の(男の)心が分からない。」と言えば、心についての考察ができる。

「結局、彼女にとって、僕はどんな存在なんだ?」と言えば、自分の
存在について考えるきっかけになる。

人間の行動は、どういう意味があるのか?
僕は何故、ブログを書いているのか?
こんな人生に意味があるのか?

これから、哲学することを学んでいこう。


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posted by ホーライ at 20:55| 哲学の方法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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